弱者の理論

場所と空間、重力とポップカルチャー。


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ヒトリエ / wowakaに時代が追いついた――〈踊れるロック〉の終わり? part.2

 柴那典『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』を読みました。2007年に初音ミクが発売されてからブームの最盛期としている2010年までの3年と少しをアメリカのユースカルチャーの転換点である〈サマー・オブ・ラブ〉の三回目として、その時期にインターネットのクリエイター界隈で何が起きていたのかを語る通史本です。恐らくこれから先、手を変え品を変えサブカル批評の中で初音ミクは語られると思いますが、その際に一番最初に読むべき本がこれになるんじゃないかな、と。それ以前に、初音ミクを批評の土俵の上に押し上げた本なのかもしれないです。

  僕はあまり初音ミクボーカロイド界隈に明るいわけではありませんが、柴さんが最盛期としている2010年前後はニコニコ動画でいろいろ聴きあさっていまして。『ボカロ名曲集○○分』みたいな動画を作業用BGMとしてレポートを書いていた時期です。本の中で名前が挙がっているボーカロイド楽曲のプロデューサー、通称ボカロPのSupercellのryo氏やらハチ氏やらの名前を知ったのもこの時期ですね。ryo氏はボーカロイドではなく生の人の声を使うことでsupercellの活動を継続していますし、ハチ氏は本名で、自分で歌って音楽活動をしていますね。

 

アンハッピーリフレイン

アンハッピーリフレイン

 

  で、その中で僕がCDを買ってまでよく聴いていた人に、wowaka氏というボカロPがいましてね。彼も今僕が名前を挙げたボカロPたちが活躍していたボカロ楽曲の最盛期に楽曲投稿をはじめ、ニコニコ動画で大人気のボカロPでした。なんせ僕が名前を知っているくらいですから。

 当時、まだ今ほどたくさん音楽を聴いていた訳では無い僕は、彼の楽曲を初めて聴いたときにとにかくびっくりするんですよ。最初の感想は、「早え!」という。とにかく早いんです。ただでさえ早いのにハイハット乱れ打ちで一小節16分割は当たり前、聴いたことも無い電子楽器のようなフレーズを無理やりギターでガシガシ弾いてるし、当時ロックバンドではあまり聴かなかったキーボード/ピアノの音も入っていて、とにかくそれまで日本のロックバンドしか聴いていなかった僕は、「なんじゃこりゃあ!」とびっくりして、彼の楽曲にのめり込んでいく訳です。「裏表ラバーズ」や「ローリンガール」、今でもやっぱり格好いい。そして、wowakaのアルバム『アンハッピーリフレイン』が発売されたのが2011年の春。買って聴きました。

 今になって思えば、『初音ミクは…』の中で何度も名前が挙がるsupercellのryoやlivetuneのkzはある程度はポップス寄りの楽曲制作をしていますが、当時のボカロ界隈にはメジャーレーベルからリリースされる音楽では絶対に聴かないようなことをやっている楽曲がすごく多かったような気がします。滅茶苦茶なスピードの曲や変拍子の曲、楽曲の音バランスも変なものが多かったような気がする。

 アルバム以降、彼はニコニコ動画への投稿もやめてしまいネット界隈からは離れて行ってしまうのですが、数か月前の僕に彼の新しい情報が飛び込んできました。「wowaka、バンド〈ヒトリエ〉を率いてメジャーデビュー」、と。この数年間でそんなことが起きていたなんて。調べてみたら、普通に顔を出して活動していました。

 

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?

初音ミクはなぜ世界を変えたのか?

 

  2010年前後は、ボカロ界隈と日本のロックバンドとの間にはまだ深い深い溝がありますよね。いわゆるJポップをオーバーグラウンドとするなら、それに対してアンダーグラウンドとしてロックバンド。当時はまだアイドルと言えばAKB48しかいませんし、ももクロには早見あかりがいた時代なので、アイドルソングは今ほど認知されていなかった、と思う。で、そのオーバーグラウンド/アンダーグラウンドに対しての〈裏の文化〉程度の場所にボーカロイド文化があったような気がするんですよ。ボーカロイド文化の中心にあったニコニコ動画はどう考えてもオタク文化だから、ボーカロイド楽曲は音楽文化のなかのひとつの流れというよりも、オタク、もしくはキャラクターが持っているアニメ文化の中にある流れだった。

 数年たってハチやwowakaのように自分の顔を出し、自分でギターをもって音楽をやる、それこそオタク文化から音楽文化へ飛び越えてくる人も現れてはいますが、まだボーカロイド文化は音楽文化からはちょっと距離を置いたところにあるし、ひょっとしたらこれから先もひとつの流れにまとまらないかもしれない。逆に、音楽文化から切り離された場所だったからこそ、当時の音楽文化に馴染んでいる僕が聴いたことが無いと感じるような楽曲がゴロゴロしていたとも言えるのですが。やっぱり音楽ファンの間でも長いスパンで流行がありますからね。それに乗れるか、乗れないかで、評価できるか、できないかが変わってきてしまう。

 話がごちゃごちゃになっているので一度まとめておきましょう。2010年当時はボーカロイド文化と日本のロックバンドの間には越えがたい溝があって、それぞれが独自の流行を持っていた。日本のロックバンドしか知らない僕はボーカロイド楽曲を初めて聞いたときに、なんじゃこりゃあ、と衝撃を受ける。その中で特に気に入ったのがが、wowakaでした。という話。

 

 余談。『初音ミクは…』では言及されていませんが、それまでは〈クリエイターの遊び場〉だったボーカロイド界隈が、徐々に〈10代の遊び場〉になっていくのが2011年あたりだと思うんですよね。今大人気のカゲロウプロジェクトが始まったのが2011年だそうです。11年の僕は、別に何か理由があった訳では無いのですが『アンハッピーリフレイン』購入移行ボカロ楽曲から興味が無くなっていってしまい、今に至ります。どうして離れちゃったんでしょうね。ちなみにアイドルソングに興味を持つのは2012年からです。当時の僕は何を聴いていたんだろう。

 

 で、この辺りの時期の日本のロックバンドで何が起きたのかという話は、以前に書いた僕の記事「〈踊れるロック〉の終わり?」を参照しつつ進めます。僕はこの辺りに起きた変化として、ギターならではの音の揺れやらうねりやらが失われていった電子音のような揺れのない、楽譜の縦線、つまりレイヤーに沿った演奏が好まれるようになる、と以前の記事では書きました。

 前回の記事をアップロードしてから僕の中でも徐々にこの辺りの話が整理できるようになりまして。ここで起きた変化のひとつに〈ギター奏法の変化〉があると思うんです。メロコアやパンクが一通り流行した後、ギターでギター的じゃないフレーズを演奏するのが流行っていくんですよ。日本のロックバンドは、チョーキングやビブラート、古典的なギターフレーズを使ってがんがんディストーションをかけて弾くギターソロなど、いわゆる〈ロックンロール〉で使われるようなトラディショナルなギター演奏法からどんどん離れていくんです。

 こういうのは多少間違うのも覚悟で自分の見立てを一度書いておこうと思います。

 

 トラディショナルなギター演奏法から離れていく流行の急先鋒となったのが、2009年頃はまだ珍しかったキーボードを擁する2つのバンド、前回の記事でも名前を挙げたサカナクションと、当時はまだ志村正彦が率いていたフジファブリック。以前にフジファブリックのファーストアルバムをプロデュースしたGREAT 3の片寄明人さんの文章で読んだのですが、フジファブリックの楽曲「陽炎」のギターソロは、試し撮りした音を逆再生したフレーズを参考にして作ったギターソロだそうです。それくらい、彼らはギターと言う楽器でいろいろな実験をしていたのでしょう。

 フジファブリックはアルバムを2枚リリースしたあと数年後、キーボードを擁するロックバンドの一種の到達点ともいえるアルバム『TEENAGER』(名盤!)を完成させます。今から考えてみるとこのアルバムは、キーボードとのユニゾンフレーズや変則チューニングなど、トラディショナルな演奏法にとどまらないギターの可能性をいろいろ試している作品だったのではないかな、と。名曲「若者のすべて」で聴けるサビ直前のギターフレーズなんて、キーボード化するギター演奏法の象徴的なフレーズと言ってもいい。その中でも「ロマネ」やタイトルトラックの「TEENAGER」など、ど真ん中のギター演奏法を使った楽曲がちゃんと入っているのもかわいいですね。僕は特に「ロマネ」が好きですね。「これがロックなんだろ? ん?」っていうくらいのギターソロの後に、ふわふわしたCメロを挟んでいったんずっこけるのがかわいくて仕方がないですね。

TEENAGER

TEENAGER

 

 

 サカナクションは、名前が知られるきっかけとなったシングル曲「セントレイ」を聴いてみると今のサカナクションの音作りとは全然違ういわゆるギターロックの王道を行くような楽曲ですが、その後アルバム『シンシロ』直前に発表した楽曲「ネイティブダンサー」は完全にキーボードの曲。その後のアルバムや名曲『アルクアラウンド』を通して、サカナクションはどんどんギターロックから離れていく。僕はこの辺りのことは詳しく語ることはできませんが、そもそも『シンシロ』の頃からギターの音作りの時点で他のバンドとは全く別の方向を向いていたような気がします。

 彼らのようなロックバンドの流行によって、ギターは徐々にギター的な演奏法から解き放たれ、それと同時にロックバンドにおけるキーボードが徐々に存在感を示していくんです。それまでもキーボーディストを擁するロックバンドはあっても恐らく中心はギターロックにあってキーボードは装飾音、キーボードを内在化できていなかった。キーボードをロックサウンドの中心として機能させるためにギターを変化させたのがこの2バンドだったのではないか、という考えも面白いと思うんですよ、

 

 今の流行で言うならご指摘いただいたRADWIMPSなんかも相当キーボード的なギターフレーズを使っていて、新しいギター演奏法の象徴だったのかもしれません。ちなみに、「おしゃかしゃま」が収録されているRADWIMPS『アルトコロニーの定理』が2009年。懐かしい。

 そしてギター奏法の変化ととんでもないスピードという話をした時に、間違いなく9mm Parabellum Bulletの話をしないといけないはずなんですよね。彼らは確か2007年デビューで、当初からとんでもないスピードとギター的じゃない演奏法で話題をかっさらっていったのですか、ここ数年シーンの中心から多少距離をおいていますよね。確か現在は事務所から独立して活動しているとか。2007年は初音ミクが発売された年ですから、彼らはデビューが早すぎた、むしろ一周してしまっていたのかもしれない。

 

 音楽がどんどん早くなっていくことについては、『初音ミクは…』の中で柴さんが同じようなことがボーカロイド楽曲でも起きていたことを指摘していまして。それが、楽曲が早くなって情報量が多くなり、音符がとにかく細かくなること初音ミクがいくら大人気になっても結局は喋れるシンセサイザーですから、スケールの大きいバラードのようなテンポの遅い曲を歌わせてしまうとどうしても、思い切り感情をこめて歌い上げるような、人間の歌手には敵わないんですよ。だから曲のテンポを上げて人では絶対歌えないスピードで歌わせようとする、ということを柴さんが指摘しています。まあ、前回の記事で書いたような〈遅い曲のほうが演奏が大変〉の理論と同じですね。

 僕は先ほどボーカロイド界隈は他の音楽ジャンルとの間に隔たりがあると言いましたが、この辺りもボーカロイド界隈のガラパゴス化の要因だったのかもしれません。それに加えて素の歌だとどうしても上手なボーカリストには敵わないから、スピードやら変拍子やらでそっちに対抗しようとしていたのかもしれませんね。つまり、ボーカロイド楽曲は元から〈揺れ〉やら〈うねり〉やらの存在しない音楽だった、と言える。

 

 僕の見立てをここに加えてみると、10年代に入る時期、ボーカロイド界隈では〈揺れ〉やら〈うねり〉やらの無い楽曲の流行しており、邦ロック界隈ではそれから数年遅れて現在、〈揺れ〉やら〈うねり〉やらが徐々に失われていっている。でもボカロ界隈における〈うねり〉の排除はかなり極端なものですから、あんな滅茶苦茶なスピードと演奏は出てこないと思うんですけど、どうですかね。どんどん早くなっていますよね、ロックバンド。

 

 話はここでようやくwowaka率いるヒトリエに戻ってきます。バンド活動で彼は初音ミクを使う訳では無く自分で作詞作曲、つまり自作自演をするようになる訳ですが、彼の基本的なスタイルはボーカロイド時代のものをきちんと踏襲している。知っている人が聴いたら間違いなくすぐにわかるレベルです。

 僕の現時点で持っているヒトリエについての感想は、「かつての僕がwowakaを聴いた時と同じ衝撃はもちろん無いし、ボーカロイド時代のwowakaを知らない人にとっても聴いたことのない音楽では無いと思う。でも、人気は出る」、です。

 これまで書いたように、2010年にwowakaがやっていたとんでもなく早いスピードの楽曲、そしてギター的じゃないギター奏法は、既存のスタイルとして2014年の音楽ファンにはある程度定着しているんです。かつては最先端を行っていたスタイルが、数年後、現在の日本のロックバンドでは大人気のスタイルになってしまっているんです。だから今の音楽ファンはヒトリエを、現在の〈踊れるロック〉を先鋭化させたバンドとして好意的に受け入れるでしょう。ヒトリエの音楽が受け入れられ、評価される土壌が今の音楽ファンにはありますから。

 しかし前回の記事でもちらっと書いたように、流行の一方で〈踊れるロック〉の蒸留・抽出が進んで多くの音楽ファンが〈自分たちは何に踊っているのか〉に徐々に気付いてしまっている。その、言ってしまえば流行が終わりかけている時期にヒトリエが登場したわけですが、今後、このジャンルがいかに広がって、ヒトリエがどう活躍していくか、見物だとは思いませんかね。

 

 

 まさかの2回目「〈踊れるロック〉の終わり?」シリーズでしたが、まだ書きたいことがちらほらあったり無かったりします。今僕が一番注目しているのが、日本のロックバンドからロックバラードが消えて行っていることですかね。

 また、時間を見つけて3回目が書けたらいいな、ということで今日はこの辺りで。