弱者の理論

場所と空間、重力とポップカルチャー。


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代替可能だっていいじゃないか ――今月のUstream『スタッキング可能』前口上

 

スタッキング可能

スタッキング可能

 

 

 僕のTwitterやこのブログを定期的に読んでくださっている方は薄々気づいているんじゃないかなと思っているのですが、僕は以前から繰り返し繰り返し〈あるがままの君でいて〉幻想に対して中指を突き立てているんですよ。あるがままを隠れ蓑にして自分の全部を受け入れて貰おうと思ってるだろお前。そうった幻想は向上心の否定に繋がってしまうんじゃないのかい。あるがままの君って一体何なのよ、と。以前の記事、『今だからこその岡村靖幸』ではそういうことをまるっと書いてみたんですけどね。〈一億総あるがまま時代〉とか言っちゃったりね。

 僕はそんなことはないと思っているのですが、一般的には〈他人と関わるためのキャラクターを演じる〉ということは非常にネガティブなものとして扱われていて、できるだけ素直に、ありのままの姿で生きていたいというのが一般認識。いや、偽るところまで行ってしまったらやりすぎですけど、人と人との関係にはその人同士にとってちょうどいい距離があって、常に一分の一の自分で他人と繋がらないといけないとは思わないんですけどね。どこかで読んだところによると「人間関係におけるキャラクター付けは相対的に行われる」ものですから場所によって求められる人物像も違うし、確固たる自分自身なんて追い求めずにゆるーく周囲と関わっていく方法ってあるような気がしているんですけどね。甘いですかね。

 

 

 

 

 と、いうことで今月のUstreamいいんちょと愉快な鼎談」、お題は昨年のTwitter文学賞で1位になった松田青子『スタッキング可能』です。〈スタッキング〉とは、積み重ねるとかそういう意味らしいです。小説では最後に「スタッキング可能の椅子」が登場するんですが、これがもちろん象徴的なモチーフですよね。またざっくりとストーリー、というか作品の形式を説明しますね。

 舞台はとあるオフィスビル。その5階やら10階やらにそれぞれ違う会社が入っていて、いろいろな人が働いています。そんな会社員たちの群像劇、といっても間違いではないのですが、この小説、そんなに単純じゃない。

 まず、登場人物の名前がほぼイニシャルトーク状態なんです。A田やB田、C田、D、E、F…といったように、登場人物はすべてアルファベット。必要に応じてそれぞれの登場人物の視点に入りながら物語が展開していきます。そしてこの登場人物たちが、まあ生き辛そうにしていること。自分について語りたがらないA、女性についての話題が苦手なB、上司の会話の意味が全く分からずにタイミングよく返事をすることに全神経を集中させていたらいつのまにか人気者になってしまった女子新入社員のC、他人ととにかく関わろうとしないD、とか。それぞれがそれぞれの思惑があって今のキャラクターを演じていて、そして当たり前のように周囲の人間は相手の深い心理までを読み取ろうとはしない。世間では作品のこの部分を取り上げて、「僕も私も代替可能!」という作品だと語られていて、それはもちろん間違いではないし重要な問題のひとつなんだけど、そんなありきたりな問題以上のことに『スタッキング可能』は言及していると思うんですよ。

 

 そんな作品の中で注目しないといけないのは、表層だけのコミュニケーションで成立している空間であっても、おそらく会社としてはきちんと機能しているように見えること。そんな、自分の良し悪しに関わらず世界がきちんと回っていくことを〈自分じゃなくてもいいんだ…〉とネガティブに捉えることもできますが、その一方で〈どんな自分でも社会と関わることができる〉ことの裏返しであるとも言える。ただ自分をとにかく主張して生きていくんじゃなくって、こんな感じの世界との関わり方も僕は間違いじゃないと思う。タイトルからしても『スタッキング〈可能〉』、曲解してしまえば「接続可能」、と言う小説なんだと思うんですよね。

 人間の代替可能性についてネガティブに考えるんじゃなくって、そこからポジティブなものをひねり出している作品として、語られてもいいんじゃないかと思っているんですけどね。

 

 

 と、いうことで告知です。

 今週日曜日5月25日20時から、いつもの3人でUstream放送をします。お題の中心は『スタッキング可能』ですが、それ以外にもいろいろあるとかないとかです。開いたタブをブラウザの隅っこに押し込んでしまっても構いませんので、ブルーマンデーを向かえる前のお供に、是非。

(URL:http://www.ustream.tv/channel/atsushi-s-broadcasting

 

 蛇足ですが、この『スタッキング可能』、短編集になっています。収録されている短編のひとつに「ウォータープルーフ嘘ばっかり!」という、女性漫才師の脚本をそのまま小説にしたような作品がありまして。それの妙な下町感というか、落語っぽさというか、割と好きですね。

 僕の好きなところで言うと、ラーメンズのネタの「プーチンとマーチン」みたいな感じ。


ラーメンズ FLAT プーチンとマーチン - YouTube

 

 

 では、Ustreamでお会いしましょう。