弱者の理論

場所と空間、重力とポップカルチャー。


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MCU『アントマン』が偉大だった理由を振り返る

2017年もマーベル映画が絶好調でしたね。

アントマン (字幕版)

アントマン (字幕版)

 

シリーズ全体としては今『インフィニティ・ウォー(IW)』への準備段階、ということなのですが、(ドクター・ストレンジは日本公開が遅れたとはいえ)1年間に4本公開するって、いくらなんでもマーベルスタジオ稼ぎすぎやろ。しかも全部良く出来てるって。

DC勢の加勢もあってますますテンションが上っていくアメコミ映画だが、その中でもあなたが注目すべきヒーローが、「アントマン」である。実際にぼくは『アベンジャーズ』でも『アイアンマン』でもなく、映画『アントマン』からMCUに入っていったファンのひとりなのである。


「アントマン」MovieNEX予告編


まず最初に知っておいてほしいのは、大人、そして「ヒーロー映画って…」と心理的な距離を感じている人。そんなあなたほど、『アントマン』を観るべきだ

その理由、本日のアジェンダは以下の3つです。

1.ヒーロー映画に対する大人の“一歩引いた”視線の内在化

2.個人レベルの“小さい物語”でヒーロー映画を成立させた

3.シリーズ全体でのコメディーリリーフとしての存在価値


さあ、今日は長くなるぞ。

 

1.ヒーロー映画に対する大人の“一歩引いた”視線の内在化

いくら今のスーパーヒーロー映画が大人の観賞にも耐える作りになっているとはいえ、まだ「しょせん子供だましでしょ」的な抵抗感がある人は多い。そんな人は、ヒーロー映画に対してアイロニカルな視線を断ち切れず、冷めた目で観ながら「どうせウソでしょ?」と思ってしまう。結果として、このMCUムーブメントに入っていけない。

そう、そんなあなたでも安心してくれて大丈夫だ。なぜならアントマン』もあなたと同じで、ヒーローが戦っている様子を「一歩引いた場所から冷めた目で観る映画」だから。

 

MCUでのアントマンは、ざっくりいうと「バツイチ・子持ち・おまけに前科持ち」の男(スコット・ラング)が、スーツを着ることで「小さくなる」ヒーロー。そう、ウルトラマンのように巨大化するのではなく、身長約1.5センチほどまでに“縮小”する。

(ちなみにこのフィギュアは、『シビル・ウォー』初登場のリニューアル版スーツだったりする) 

アントマンが戦うヴィランは、自分と同じく小さくなる能力を持つ「イエロージャケット」。2人はトランクの中やホームパーティー中の家の軒先、子供部屋のおもちゃの脇で戦うことになるが、ここで思い出してほしいのが、アントマンが「小さくなるヒーロー」ということ。

アントマンとイエロージャケットはそれぞれ本気で、一生懸命戦っている。しかし彼らは身長1.5センチのヒーローなので、思いっきりふっ飛ばされて窓に叩きつけられても、ガラスにヒビが入るだけ。戦っている当人たちは列車の上でのド派手なアクションシーンでも、本当は子供部屋のプラレールの上。どんなに頑張っても、損害は機関車トーマスのおもちゃが吹っ飛ぶ程度。そんな「ズームインしてみると一生懸命戦ってるけど、ズームアウトすると滑稽」という構図でガンガン笑わせにくる。

仮に『アントマン』がヒーローが一生懸命戦うだけの映画であれば、いくら小さくなるヒーローでも、今までの「大人が苦手なヒーロー映画」と同じになっていたと思う。

しかしそこで、一生懸命戦ってるヒーローを冷静に、かつ「客観的に眺める」(つまり“ツッコミ”をする)構造にすることで、ヒーロー映画に対する冷ややかな視線を作品内部に取り込んで、『アントマン』はヒーロー映画でありながら、「ヒーローを笑う」コメディ映画になった。だからこそ、ヒーロー映画に乗り切れず、食傷気味のあなたでも、安心して観て、笑うことができる。

デッドプール (字幕版)
 

(『X-MEN』ユニバース的な“メタ・ヒーロー映画”へのアプローチ。こっちもこっちで面白く、観ているうちにデッドプールが可愛く思えてくる怪作。次作はさらにてんこ盛りなのでこちらも是非)

 
2.個人レベルの“小さい物語”でヒーロー映画を成立させた

アントマンはそんな「小さい」ヒーローなので、アントマンの戦いでは街への損害が出ないのも大きな特徴で、一連の騒動を終えても、損害は建物がひとつ消えて民家が一件半壊した程度。主人公は元妻に親権を奪われていた娘からの信頼を取り戻し、騒動を経て家族の絆を取り戻す、というのがあらすじ。シンプルでしょ?

アントマン』はマーベル映画の「シェアード・ユニバース」、「マーベル・シネマティック・ユニバースMCU)」のうちの一作で、『アベンジャーズ』(1作目)の終了後からスタートする「フェーズ2」(いわゆる第2期)の最後に位置づけられている。この辺の詳しいことはウィキペディアを見てもらうとして、ここで重要なのは『アントマン』の前に公開されているのが、このシェアード・ユニバースのなかでも特に重要作である『アベンジャーズ』シリーズの2作目、『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン(AoU)』だということ。

この『AoU』というのが、とても暗い話なのだ。ざっくりいうとアンドロイドの反乱で地球が滅亡の危機に立たされ、最終的に危機は脱するものの都市が丸々ひとつ崩壊する、という話。

そんな「地球規模の危機」というズームアウトしないと全体を見渡せない「大きな物語」を扱いながらも、ヒーロー1人の生活にズームインして「小さな物語」を並行して描き、途方もない出来事を個人のレベルにきちんと落とし込んでいく様子が見事なのだが、このあたりは割愛。


「アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン」MovieNEX予告編

現在は4ヶ月スパンで新作が公開されているスーパーヒーロー映画も、続けていけば行き先はジャンプ漫画と一緒になる。一度世界を危機から救ったら次はもっと大きな危機が襲ってきて、また大なり小なりの被害を出しながらも危機を乗り越えないといけない。続けたら続けただけ、どんどん起きる出来事の規模がインフレしていく

それならば、シリーズ最大規模の出来事(『AoU』の都市崩壊)が起きてしまった次の作品はなにを描くべきか、という問題になるのだ。さらに大規模な地球の危機を描いてしまってはシリーズ全体でジリ貧に陥り、MCU自体の寿命を縮めてしまうことになりかねないのである。

そこでMCUは個人の物語にぐぐっと寄っていき、ヒーローと物語を「小さくする」道を選ぶ。

そこで登場したのがアントマンなのだ

 

アントマン』は世界を危機から救うのではなく、「娘からの信頼を取り戻す」という個人レベルの動機から物語がスタートし、それを物語を広げすぎることなく完結させる(そして巡り巡って、世界の危機を副次的に救う)。もちろん劇中ではたくさんの人は死なないし、都市も壊れない。多くのヒーローが街を舞台にあれだけ暴れる一方で、そもそも小さいアントマンは大規模な物語になりようがないのである。

そんな、ヒューマンドラマに近いレベルの「小さい物語」でもヒーロー映画が成立することを証明し、MCUの裾野を広げたのが『アントマンなのである。これは、シリーズ全体に与えた功績としては、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』にも匹敵する。

ちなみに「小さい物語のヒーロー映画」の方法論を、大人同士ではなく、子どもの目線から成立させたのが『スパイダーマン:ホームカミング』。恐らくこちらは『アントマン』の成功なしには生まれなかったとぼくは思っている。

(『GtoG』から『ソー ラグナロク』ができたように、『アントマン』から『スパイダーマンHC』ができた。こっちはマイケル・キートン演じるヴァルチャーの「大人の怖さ」を存分に味わえる)


3.シリーズ全体でのコメディーリリーフとしての存在価値

そんなMCUで『アントマン』の次に公開されたのが、『AoU』からの直接的な流れのなかにある『キャプテン・アメリカ シビル・ウォー(CW)』。

『CW』は、国からの指示をめぐってアベンジャーズのチームが真っ二つに分かれて内紛を起こす、というのが主なあらすじで、物語のクライマックスは十人以上のヒーローが入り乱れて戦うことになるのだが、そこになんと、我らがアントマンも参戦している

こういった「ヒーロー同士の戦い」を描く場面は、お祭りになってただただ楽しいシーンになるかと思いきや、映画の作り手の側に立つと「誰をどのように負けさせるか」というのは判断がとても難しいのでは、とぼくは思っている。

それぞれのヒーローにそれぞれのファンがいる。負けたヒーローのファンは悲しむに違いない。ひょっとしたら怒るかもしれない。だから本当は、全てのヒーローに勝たせてあげたいのに、戦っている以上は勝ち負けが発生してしまう。そこで、負けたヒーローのファンもきちんと喜ばせてあげるためにはどうしたらいいのだろうか。

そこでマーベルが行ったのは、一部のヒーローに対して「ファンが納得の行く負け方」を用意してあげる、というだった。


スパイダーマン登場!『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』予告編

そこで、またアントマンが重要になってくるのだ。

前作でアントマンの大冒険を観ているファンたちは、彼がとてもコミカルで「イジれる」存在であることを知っている。だから、アントマンが名だたるヒーローたちに敗北を喫しても、「しょうがないよ!」程度のノリで受け入れることができる。

乱戦のシーンで、アントマンは他ヒーローとの連携でアイアンマンを一時的に機能停止させるなどの大金星を上げ、最終的には大ネタを仕込んで大暴れ。最後には相手チームのヒーローたちに寄ってたかってボコボコにされるという堂々たる負けっぷりを見せてくれる。

これが、ケチのつけようがないくらい「完璧な負け方」なのだ。コメディーリリーフとして登場して、コメディーリリーフとして大活躍して、コメディーリリーフとして負ける。もう、「がんばったじゃん!」と肩を叩いてあげたくなる。「しょうがないよ! 相手アベンジャーズだもん!」

ちなみに他ヒーローを見ると、新人のスパイダーマンは、ファルコン&ウィンター・ソルジャーのタッグに負けることになる。肉体的アビリティで上回るスパイダーマンは終始2人を圧倒するものの、最終的にはヒーローとしての経験の差で負けるという、これもスパイダーマンに見せ場を用意した上で全員が納得できる負け方のひとつの例だろう。10点10点10点。

シリアスな作品でもポップに成立させるのが心情のMCUでは、重要な場面でずっこけるコメディーリリーフが必要になってくる。実際に、物語が思いっきり暗くなりがちの『CW』の中で、アントマンの存在は作品全体に非常にいい影響を与えていたし(キャップと初めて会ったときにはキャッキャしてました)、「負けてもファンは満足」のヒーローはなかなかいない。

 

さあ、ここまで読んだあなたは、もうアントマンのことが気になって気になって仕方がないだろう。『アントマン』を観たあとは、子どもの授業参観を観に行く気持ちで、ぜひ『CW』を観て欲しい。

 

恐らく次の『インフィニティ・ウォー』でもアントマンはコメディーリリーフとして、物語をゆるめるちょうどいい存在になることでしょう……が、


「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」MovieNEX 無料プレビュー

 

本編に登場しませんでした。あいつどこいった…


ちなみに、めっちゃ暗くなりそうな『IW』、その次に公開を控えているのが我らがアントマンの次作『アントマン&ワスプ』。なんでも、『アントマン』に登場したヒロインとタッグで戦うようで、噂によるとラブコメになるとの噂も。

え!? 男の子向けのヒーロー映画なのにラブコメ…!? 楽しみだけど……まじで? ホントにできんの…?

 

※ 予告編が公開されました。


【今夏公開!】Marvel 映画「アントマン・アンド・ザ・ワスプ」日本版予告

これまでのマーベル映画には無かった「ラブコメ+バディームービー」といった感じでしょうか?

 

というかこれが『アントマン2』ではなくアントマン&ワスプという連名タイトルになっているところがまたアントマンっぽいなあと思うのですが、それについては次作を見てから考えることにしよう。

 

※ 『IW』鑑賞後のツイート