弱者の理論

場所と空間、重力とポップカルチャー。


只今、アーカイブ更新中…

キャラクターの〈ピエロ化〉と視点との距離

 書き出すまでに時間がかかる。
 メール送るまでに時間がかかるし、本を開くまでに時間がかかるし、テキストエディタを開くまでに時間がかかるし、家を出るまでに時間がかかる。春休みなんて長い気がするけど、到底ひと月そこらじゃ足りない。いや、授業自体は二月からほとんど無いんですけど、まあ諸々の時期をぎゅーっとまとめてひと月ってことで。気持ち的には。
 更新するネタはある。ただ、もう少し面白くできそうな気がしたりしなかったりでデスクトップに文章メモが次々とたまっていく。一度整理しなくては。
 という訳で、東京女子流のアルバム「約束」を聞きながらブログ更新です。曲は内容とは一切関係ありません。

 本日は主に漫画に登場するキャラクターのピエロ化について。よろしくおねがいします。

 

 

さよなら絶望先生(30)<完> (少年マガジンコミックス)

さよなら絶望先生(30)<完> (少年マガジンコミックス)


 ここで乗っけたのはさよなら絶望先生ですが、今回の話を無理やり一言にまとめると、〈『君に届け』で爽子ちゃんとくっついた後の風早くんはギャグをやるようになったよね。そういう感じ、すごくいいね〉ってい話です。それに肉をつけて、形を整えて、きれいな服を着せて、皆さんにご紹介する回です。

君に届け 1 (マーガレットコミックス (4061))

君に届け 1 (マーガレットコミックス (4061))


 『君に届け』、大学生にとっては有害図書ですよね。以前にツイッターでJRの本田翼さんが出てるCMについて「10倍に薄めてようやく接種できる青春の原液」と形容したんですが、『君に届け』もそういう色がすごく強い感じがする。なんというか、こういう高校生活じゃなかったなあ、みたいな。薬も基本的には体にいい毒みたいなものですから、あれもきっと10倍くらいに薄めてようやく身近に置けるものになるでしょう。
 いや、いいんですよこの話は。本筋じゃない。

 この作品、恐らく説明なんてしなくてもいいと思うのですが、一言で言うと恋愛がテーマの少女漫画です。クラスでその見た目と暗さから「貞子」って呼ばれている主人公の女の子黒沼爽子が、クラスで人気者の風早翔太のラブストーリーを中心にうんぬんかんぬん。まあ詳細はWikipediaを見てください、ということにさせてください。そこそこ有名だし。この作品、基本的には多くのラブストーリーと同様に男女関係の停滞を中心に描かれているんですが、ここでは作品中の〈ギャグ〉の要素に注目しようと思います
 「君に届け」、区分が少女漫画ですから、基本的には爽子やその周辺の女の子たちからの視点で物語が描かれています。例えばラブストーリーにありがちな相手との距離感を図るための葛藤もほとんどが爽子やその周りの仲間たちの目線で描かれる。もちろん風早くんの葛藤も描かれない訳では無いですが、でもやはり中心は女の子側に存在する。とにかく、基本的に物語は女子目線で語られる。
 関係ないけど、風早くんはどうしても風早〈くん〉って呼んじゃうね。爽子は爽子のままなのにね。

 しかし物語が進んで、風早くんと爽子が付き合うようになってから視点のバランスがちょっと変化してくる。具体的には、風早くんがギャグをやるようになるんですよね。
 それまでは作品でやるギャグは、爽子の行動に対して周りの女友達がツッコミをしたり、女友達の変わった行動を笑ったりするものがほとんどだったのに、主人公カップルの関係変化をきっかけに、今までギャグをやらなかった人間が、爽子の身の回りだけで行われていたギャグに関係するようになる。それまで主人公の爽子とは距離がある人間として描かれていた風早くんが、人間関係が下手な爽子に女友達と同じように振り回されて、自分の行動で赤面したり、空回りしたりする。
 つまり、関係が変化するまでの風早くんは女子グループ、つまり視点がある場所の人々からしてみればある程度未知の存在だったわけです。しかし、爽子と風早くんの関係が変化、彼らの距離が近付くことによって、風早くんはある程度視点に近い〈こちら側〉のキャラクターになって、爽子の友達と同じように彼女に振り回される存在になったわけです。
 一言にすると、風早くんは、爽子との関係変化をきっかけに以前のような視点から遠い場所の存在として描く必要が無くなったので、ギャグができるようになった、ということです。

 こうしたキャラクターが視点に近づくことで急に違った描き方、例えばギャグをやるようになる、といった現象を、ここでは〈ピエロ化〉と呼ぶことにします。
 それまでは爽子が風早くんの一挙一動に踊らされていただけだったのに、関係変化をきっかけに風早くんが爽子に踊らされる構図も発生するようになる。これを、風早くんのピエロ化、とします
 するんです


 多分、こういう現象、僕が知らないだけで他の作品でもたくさん行われていると思うんですよ。例えば小説作品で今まではひとりのキャラクターでしかなかった登場人物が、別の場所では語り手を務めることによって視点(読者)とキャラクターの距離関係が変化する。ギャグをやりだした風早くんが今までよりいくらか身近な存在に感じるように、キャラクターがそれまでより身近な存在になるんじゃないでしょうか。


 「君に届け」では、風早くんが主人公と距離のある存在から関係変化をきっかけとしてピエロになった訳ですが、普段はピエロなのが場面によっては視点と距離のある、ある意味美化されて描かれる、という風早くんと全く逆のパターンをなぞっているのが、漫画版『夜は短し歩けよ乙女』の主人公です。

夜は短し歩けよ乙女 第1集 (角川コミックス・エース 162-2)

夜は短し歩けよ乙女 第1集 (角川コミックス・エース 162-2)


 主人公(名前無し)は大学のサークル後輩である女の子(黒髪の乙女)に一目惚れして、半ばストーカーのように彼女のことを追いかけている。そんな主人公が乙女を追いかける過程でいろいろなトラブルに巻き込まれて、彼女の見ていない所で七転八倒する、そんなストーリーです。最初は乙女から認知すらされていなかった主人公も、エピソードが進むごとに関係が変化していき結局くっつく訳ですが。この作品はほとんどが主人公・男性の目線で語られるわけですが、所々乙女・女性の目線が入り込んでくる。
 あらすじを読んで大体想像がつくと思いますが、この主人公、初っ端から最後までずっとピエロです。乙女のために、彼女の見ていない場所でいらない苦労をして、彼女を一目見るためにいつも酷い目に合う。典型的なピエロです。
 しかし、こうした完全なピエロの役割を果たしている主人公でも、乙女から見てみれば完全なピエロという訳でもない。この作品の最大のキモは、エピソードを重ねるごとに乙女から見た主人公の姿がどんどん変化していくんです。最初は乙女の視点でも男性側の視点の時と同じようにピエロだった主人公も、認知されてからは少しだけ大人しくなり、そしていつの間にかピエロ要素は気にならなくなって、格好良くなっていく風早くんが関係が変化・ギャグをやるようになったことで爽子に近づいたのを描くのとは真逆に、乙女の目に映る主人公のピエロ的要素を徐々に減らしていくことで、ふたりの関係変化を描いていく。乙女が徐々に主人公を意識するようになり、主人公の格好悪い部分=ピエロ的要素が隠れ、いくらか格好よく見えるようになってくる。
 ちなみにこの作品、最後のエピソードはそれまで追いかける対象だった乙女の視点、つまり女性側の視点から描かれています。これも主人公のピエロ要素が徐々に減っていくこの作品の特徴的な部分ですね。


 関係変化によってのピエロ化が起きる『君に届け』と、脱ピエロ化によって関係変化を描く『漫画・夜は短し歩けよ乙女』男女間の距離が、前者では徐々に近づいていくのに対して、後者では徐々に開いていく。物語の内容もピエロ化と関係変化の構造も真逆だと言えるのではないでしょうか。


 そんでもって、ようやく『さよなら絶望先生』の話。


 この作品、基本的には一話完結型のギャグ漫画なのですが、最終回にどんでん返しがあるんです。それまでは一話完結の形式を守っていたのに、最終回、どんでん返しが近づくにつれて、作品が徐々に異様な雰囲気を持つようになる
 その最終回近く、女子生徒たちに踊らされてばかりだった、つまり作品内でピエロの役割を果たしている主人公の教師・糸色望が、視点、この場合は読者から急に距離を取るんです。それまで読者には内緒にしていた役割があることが明かされ、先生が一気に〈謎〉を抱えている存在、つまり今までは身近にいた存在が急に未知の存在になる
 そして最終回の直前、謎が明かされた後の先生が、以前に行っていたような授業を再び行う場面があります。その場面で行われていることは今までと全く変わりがないのに、読者と一旦距離を置いてから行われる今までと同じ行動は読者にある種の安心感と寂しさを味わわせる。先生が徐々に遠くに行ってしまうような。
 それまでピエロだったキャラクターを一度視点から引き離し、もう一度同じ場所に戻す。それによって、ピエロ性を抱えていたキャラクターに、ただのピエロ以上の意味を与えているんですね

 作品内の男女関係で行われていたピエロ化を用いたキャラクターの描き方を、読者とキャラクターをいう関係に落とし込んで、全く同じことをやっているケースでは無いでしょうか。



 まとめ。
 ピエロ性を持つキャラクター達は、常に読者の視点の近い場所に存在しているピエロ性を出したり、隠したりすることによって、視点との距離感を自在に切り替える。そして、その距離感の変化は、必然的にキャラクター同士の関係の変化と結びついている

 僕は『君に届け』は沖縄旅行に出る辺りまでしか読んでいないのですが、恐らく風早くんもこれからは爽子との距離感を自在に変化させながら、読者を不安にしたり安心させたりするのでしょう。



 そしてピエロ性とは少しずれてしまいますが、みんなに声を大して伝えたいのは『ルパン三世 カリオストロの城』のルパンの格好よさ。
 ルパンはクラリスを助けるために死ぬほど苦労してボロボロになったり死にかけたりするのに、クラリスの前では絶対に苦労している様子を見せない。
 ただひたすら格好いい男性である。