弱者の理論

場所と空間、重力とポップカルチャー。


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〈モンハン持ち〉とキャンプ送り ――『モンスターハンター4』参戦に際して

 モンハンの話をしよう
 何を隠そう僕も、得意のハンマーを背負って数々のモンスターと対峙してきたハンターの端くれである。

 モンスターハンターというゲームがある。もう、ゲームの内容について細かい説明はいらないだろう。身の丈ほどもある様々な種類の武器を駆使して、時には他のプレイヤーと協力し、巨大なモンスターを狩りに行く。現在は既にジャンルの一つとして確立した〈狩りゲー〉を世に知らしめたテレビゲームである。僕も当時とんでもないブームとなっていたモンスターハンターポータブル2ndG(P2G)からハンターの仲間入りをし、同じPSPから発売されたモンスターハンターポータブル3rd(P3)を経由し、つい先日、ニンテンドー3DSモンスターハンター4の購入に踏み切った。
 PSP以外でモンハンをプレイするのは初めてだったのだが、ニンテンドー3DSPSPもゲームの操作性はほとんど変更されていない。一から攻撃ボタンと回避ボタンの位置を頭に叩き込む必要も無いし、今までの作品とほぼ同じような感覚で楽しんでいる。だが僕がプレイしていたPSPと新しく手にした3DSでは、ひとつだけ、プレイ中のカメラ操作について大きな仕様変更がされている。
 これを読んで、ハンターの皆さんは、はいはいはいはい、あれねあれね、と僕が何を言いたいか想像できるだろうが、念のため説明しておこう。

 

モンスターハンター4

モンスターハンター4

 

 

  PSPモンスターハンターが一世を風靡したとき、ほとんどのハンターが自然に身に付いてしまう技術のうちの一つとして〈モンハン持ち〉というものが話題になった。これは、キャラクターの操作とカメラの移動を同時に行うためのテクニックである。
 モンハンはゲームハードに限らず、キャラクター操作をアナログスティック、カメラ操作を十字キーで行う。〈モンハン持ち〉が行われたPSPは、キャラクター操作を行うアナログスティックが、十字キーの下に配置されていた。アナログスティックの操作は間違いなく左手親指で行う。しかし、アナログスティックを親指で操作するとその上にある十字キーを操作することができなくなってしまい、キャラクターを移動させながらのカメラ移動ができなくなってしまうのだ。つまり、戦闘中にモンスターを視界の端に常に収めながら攻撃を避けるべく移動する、ということが不可能になってしまうのである。その問題を解決するためにプレイヤーは、親指の脇で遊んでいる人差し指を使って十字キーを操作するという方法を思いつく。つまり、左手の親指と人差し指を何かをつまむときのような形にして、それぞれで十字キーとアナログスティックを同時に操作するのだ。これがスタンダードな〈モンハン持ち〉である。簡単に言ってしまうと、「キャラクターとカメラを同時に動かすテクニック」が〈モンハン持ち〉であると覚えて頂ければなにも問題は無い。
 興味深いのがハンターのほとんどが〈モンハン持ち〉の存在すら知らなくても、知らず知らずのうちに自分で〈モンハン持ち〉を習得しているということである。モンスターを視界の端に収めながら移動するというスキルは必要不可欠であるから、ハンターは誰にも教わらなくても自然に〈モンハン持ち〉ができるようになる。
 こうして、PSPでは〈モンハン持ち〉が広く使われるようになった。しかし、ここで新しくモンハンが発売されたニンテンドー3DSの本体をご覧いただきたい。そう、PSPとは逆で、アナログスティックが十字キーの上にセッティングされているのだ。これでは親指と人差し指の関係が崩れてしまい、〈モンハン持ち〉を行うことはできないのである。数々のハンターが自分自身の力で克服してきたキャラクター移動とカメラ移動をいかにすれば同時に行えるのかという問題が、ここで再び浮上してしまうのである。



 これを解決するために外部機器が開発されたりしているが、カプコンはモンハンにゲーム開発の段階で新しいカメラ機能を導入することにした。それが〈ターゲットカメラ〉機能である。
 ニンテンドー3DSでもPSPでも通常では左手人差し指で操作される、携帯ゲーム機の上部側面に配置してある〈Lトリガー〉は、モンハンにおいてはカメラリセットのボタンだった。つまり、これを押せばどれだけ視点がめちゃくちゃなことになっていてもカメラがキャラクターの背面へと戻っていく。しかし、3DSでモンハンが発売されるのと同時に、カメラリセットのみの機能だった〈Lトリガー〉に“モンスターとの戦闘中のみ、Lトリガーを押すだけでカメラがモンスターの方を向く”という、とんでもなく便利な機能が追加されたのである。
 この機能があれば、そもそも〈モンハン持ち〉をする必要すら無くなってしまう。もしモンスターを見失ってもその瞬間にLトリガーを、ぽん、と押せばカメラが勝手にモンスターの方を向くのだ。これで十字キーを押してカメラをぐるぐる回す必要も無くなった。ああ、なんという便利機能。これで我々ハンターはモンスターを見失うことも無くなった。ピンチに陥りモンスターから逃げる時も、常に視界の端にモンスターを捉えながら逃げ回ることができる。
 しかし、僕はここであえて問いたい。ちゃうやろ、モンハンってそういうもんちゃうやろ、 と。


 ここで僕がハンターとしてデビューしたモンスターハンターポータブル2ndGの話をしようと思う。当時、まだモンハンに不慣れであった僕は、先述した〈モンハン持ち〉も未だに習得しておらず、これが初心者向けの武器だからとロクな説明もなしに支給された初期装備の片手剣を持ち、とある納品クエストに向かった。納品クエストというのは、モンハンのフィールド上で指定されたアイテムを収集して持って帰る、という、未だモンスター狩猟に至らない初心者ハンターが受け持つ簡単な任務のことである。
 しかし、その任務はただアイテムを集めて帰ってくればいい、というような簡単なものでは無かった。手に入れなければいけないアイテムのある場所に行くと、その時点の装備と技術では到底敵わないような大型モンスターが襲ってくるのだ。もちろん、プレイヤーに大型モンスターが登場することは知らされていない。まだゲームに慣れていない新米ハンターは、ここで突如襲ってきた巨大モンスターにボコボコにされるのである。これが2ndGプレイヤーにはお馴染みのティガレックス乱入クエスト〉である。
 この時、プレイヤーに何が起きるのだろうか。先程、新米ハンターと言ったが、ある程度ゲームは進めている状況なので、完全にこのゲームのことが何もわかっていないという訳では無い。身の丈ほどの大きさのモンスターとの戦闘は既に済ませ、ある程度はゲームの世界に慣れてきた段階である。この世界のことにある程度慣れてきているからこそ、自分の想像よりもはるかに大きい巨大モンスターを目にしたときの驚きはとんでもないものになる。
 そんな純粋な驚きに加え、ゲームの中の出来事であるはずなのに、僕たちハンターは乱入してきた想定外の巨大モンスターから逃げることすらままならない。なぜなら、僕はまだ〈モンハン持ち〉をまだ習得していない。モンスターの姿を視界の端に入れながら、正しい逃げ道を走っていくことができないのである。どこにカメラを向けていいのかあたふたしているうちに、プレイヤーは巨大モンスターに襲われることになる。
 ここでちょっとしたトラウマを植えつけられるプレイヤーも、ゲームを進めていくうちに、いつの間にか〈モンハン持ち〉を習得するようになる。あたかも、それがハンター達のひとつの生存戦略であるかのように

 


 こうした、通常の操作では絶対に行うことができないはずだったキャラクターとカメラの同時移動を可能にした〈モンハン持ち〉は、いわばゲーム中に存在するシステム上の不都合にプレイヤーが合わせ、順応することで生まれた技術である。例えて言うなら、使い勝手の悪いインターネットブラウザを必死になって使い続けることでそのブラウザの悪いと言われている使い勝手に慣れてしまい、いつの間にか他のブラウザに乗り換えることができないくらいにそれを使いこなすようになり、結果としてスペシャリストになってしまったような状態だ。
 テレビゲームに限らず機械やプログラミングにおいても、操作性の悪いものは“ユーザーインターフェースに優れない”ものとして改良されるべきであるとされている。当然機械は人間が使うものだから、できるだけ人間が使いやすいように作られているのだ。多くの場合、人間に合わせることが当然として機械が作られている。テレビゲームも同様で、人間が操作しやすいようにコントローラーが作られ、人間が操作しやすいようにキャラクターの動きとボタンをリンクさせる。
 コントローラーの右側、ひし形に四つ取り付けられているボタンの一番下に位置しているニンテンドー3DSで言うところのB、PSPで言うところの×ボタンが、多くの場合ジャンプや回避などキャラクターの移動に関係する使用頻度の高いボタンであるのは、恐らく手元に一番近く、押しやすい場所のボタンであるからだろう。ひし形の右側に位置する二番目に手元に近いボタンは多くの場合はエンターキーと同じような役割を果たしている。この二つを中心としながら、それ以外の二つはサポート的な機能を果たすボタンであることが多い。このように、ボタンの機能はプレイヤーが押しやすい順番に、使用頻度の高い機能を割り振っていくことで構成されている
 余談だが、プレイステーション2で発売された『ICO』とそのチームが制作した『ワンダと巨像』では、ゲーム中で重要なアクションになるジャンプが本来は押しにくいはずのひし形の左側に位置する□ボタンに割り振られている「これは制作陣の『ジャンプはそんな簡単にしちゃいけない』っていうメッセージなんだよ!」と友人に聞いたことがあるが、真偽は定かではない。しかし、このふたつのゲームはなかなか変わったシステムのゲームであるから、さもありなん、といった感じでもある。
 このように、テレビゲームのシステムもその他のプログラミングと同様に、通常はプレイヤーの遊びやすさを考えて調整していく。しかし〈モンハン持ち〉はどうだ。ゲームハードの問題でしかたなく生まれてしまったものであるが、プレイする上でどうしても生まれてしまった、本来は排除しなければいけないはずの不便な操作性に、あろうことかプレイヤーの方が合わせていくのである。つまり、ゲームがプレイヤーに合わせる、という関係性が逆転し、プレイヤーがゲームに合わせる、というプログラミングの根底を覆すような出来事が起きているのである。

 恐らく、ほとんどのテレビゲームが“ストレスの無い操作性”を目指して開発を行う。何も苦労をせず、簡単にキャラクターを思い通り動かせることが、テレビゲームの正しい楽しみ方である。僕もその楽しみ方を否定するつもりは全く無いのだけれど、モンハンにおいてタフなプレイヤーたちが自らの身体を変化させることによって不可能な動作を可能にしたように、人間が複雑な操作に順応していく楽しみ方をするテレビゲームがあっても面白いのではないかと思う。
 ロボット好きにはお馴染みのアーマードコアというシリーズがある。このシリーズは、初めてプレイする時は建物の角を90度に曲がることすらスムーズに行えないくらい操作が複雑なことでよく知られている。その変わり、操作をスムーズに行えるようになった時の爽快感はそれはもう素晴らしい。ちなみに、アーマードコアシリーズの最新作でも〈モンハン持ち〉と同様の、複雑な操作に対応するための無茶なコントローラーの持ち方が提案されているようだ。どうやら、コントローラーを裏返して持つらしい。なるほど、わからん。
 そんな、傷だらけになりながら自転車の乗り方を覚えた時のように、プレイヤーが身体をそちらに慣らしていくことでようやく面白くなるようなテレビゲームの楽しみ方も存在していいと思う。しかし、操作が複雑なテレビゲームは言うまでもなくストレスがたまる。そんなストレスにも関わらずプレイし続けるためには作品自体が相当面白い物で無いといけない。そんなストレスも承知の上で制作をできるアーマードコアシリーズやモンスターハンターは、やはりプレイヤーから信頼されているのだろうとも思ってしまう。

 


 モンハンがターゲットカメラを実装した背景には、〈モンハン持ち〉が不可能になったこと以上に、ゲームシステムの変化によりカメラの上下移動が重要になったことも深く関係している。ニンテンドー3DSで最初に発売されたモンハンであるモンスターハンター3Gでは水中の戦闘、最新作モンスターハンター4ではステージ上の高低差が重要な要素である。今までの左右移動に加え、カメラの繊細な上下移動を不安定な人差指で行うのは多少無理がある。しかし、もしそれが必要になったらなったで、ハンターたちはその状況に何らかの方法で順応するような気がしないでも無い。それに加え、最新作のモンハンは今まででは多少不便であった機能をどんどん改善し、以前にも増してストレスの無い操作性に向かっている。
 しかし、僕はどちらを見ればいいのかわからない状況でステージを右往左往しながら大型モンスターにボコボコにされたあの経験こそがモンスターハンターなのだと思っていて、そんなあの頃のトラウマがボタン一つでどうこうなってたまるか、とどうしても思ってしまう。そして、システムと操作が複雑化したことによって、また新しい不都合が生まれないかなあ、と思わないことも無い。
 あの頃はよかったのになあ、と思わないことも無い。



 ああ、ターゲットカメラ? 僕もガンガン使ってますよ超便利だし