弱者の理論

場所と空間、重力とポップカルチャー。


只今、アーカイブ更新中…

決意は夜に

 孤独は火を付けるとよく燃える。
 それだけで存在している時は、見た目が酷いのも匂いがキツいのもなんとか我慢できる。『危険取扱注意』と赤いシールを張って、取り立てて丁寧に扱うようなものではない。重いものでもないから、持ち歩く事にもさほど苦労はしない。しかし一度火がつくと、孤独は大きな炎を上げて燃え上る。そして、それは簡単に燃え尽きたりする事も、全てを燃やし尽くす事も無く、理不尽な暴力として燃え続ける。
 寒くなると、空気が乾燥して火がつきやすくなる。そして夜が来ると、街中に大量の火種がばらまかれるのだ。その度に、孤独を寄せ集めて火種をもみ消したり、降ってくる火種を掻い潜ったり、街中に潜んでいる火種にうっかり触れないように慎重に行動する。さながら、敵陣へ攻撃を仕掛ける一兵卒の気分である。しかし、僕はどこに攻撃を仕掛ければいいのかはわからない。そんな僕に対して奴らは、派手なイルミネーション、商店街で流れるクリスマスソング、吹き荒れる冷たい風といった兵器を駆使し、世の中に溢れる孤独と言う孤独を燃やし尽くそうとしているのである。地獄の業火に身を焼かれまいと、僕は厚手のコートの内側に孤独をしまいこんで、降りしきる火種からそれを守るのだ。
 夜の街が近付いてくる。降りかかる火種の量が明らかに増えてくる。僕はコートのボタンを閉めて、マフラーとイヤホンを身に付けた。ただ有害な外気から自分を守れば良いと言う訳ではない。奴らは触覚だけでなく、視覚や聴覚を通してまで攻撃を仕掛けてくる。耳はイヤホンで塞げば何とかなるが、日常生活に支障の無い範囲で目を塞ぐ手段は未だ開発されていない。目を伏せよう。有害なコンテンツから自分を守ろう。自分の視覚にファイヤーウォールを設定できるようになればいい。嫌なものを聞く事も見る事もせず生きていけたら、火が付く事も無くなるだろう。男は黙って、受信拒否だ。
 駅前広場へと歩を進める。人ごみの先にそれが見えてきた。四角い建物を無理矢理えぐって作ったようなそのスペースに、それはそびえ立っている。まるで、この場所がそれを迎える為に作られたかのようだった。赤・青・黄色の分厚い光の弾幕を広場中に張り巡らし、我々を足止めしようとする。人ごみや雑多な建物よりも頭一つ高く、満月の下にそびえ立つそれは、恐ろしくも、神々しくも映った。
 僕はそのクリスマスツリーと言う名の敵の牙城に正面から対峙する。選ばれし者のみが台座から抜く事ができると言う退魔の剣を手にして、今日こそ悪の根源を断ち切ろうと相対す。お前がいるから、クリスマスが無くならないんだ。そう叫びたいのを我慢すると、手足が小刻みに震えだした。もう限界だ。
 僕は、敵の牙城に向けて、単騎突入を試みる。

* * * * *

 

 『クリスマスツリーに金属バットを持って突撃 20歳男性を補導』
12月2日(木)22時17分配信
 本日午後8時過ぎ、横浜駅警察署に『クリスマスツリーに登っている男がいる』と通報があった。警官が現場に駆け付けると、全長15m程のクリスマスツリーの中程に男が一人よじ登り、『クリスマスは中止だ』と言いながら金属バットを振り回していたという。男は興奮状態で、説得を試みるも応じなかった。警察は、1時間経過してクリスマスツリーからずり落ちてきた男を補導した。
  警察の取り調べに、男は『クリスマスは中止だ。俺が悪の根源を断ち切るんだ』と供述しており、警察は精神鑑定の準備を進めている。